この度、昭和・平成のおよそ60年の歳月、我が国写真界の第一線で活躍された故・秋山庄太郎氏撮影による貴重な作品500余点が、桐蔭学園メモリアルアカデミウムに収蔵されました。ご遺族ならびに著作権管理者秋山庄太郎写真芸術館(東京都港区南青山)のご協力をいただき、秋山氏の作品群を多数収蔵していた町田市から桐蔭学園に寄贈されたものです。
秋山庄太郎氏(1920〜2003)は、日本写真家協会をはじめ多数の写真家団体の要職をつとめ、1986年(昭和61)には紫綬褒章を受章されるなど、日本写真界の最高峰としての足跡をしるされました。
秋山庄太郎氏と桐蔭学園との縁は深く、前理事長の鵜川昇とは母校東京府立第八中学校(現・都立小山台高校)を介して交友が生まれ、美術教育を通じた深い親しみから、これまでに本校で秋山庄太郎写真展を開催するなどしてまいりました。また、秋山氏と横浜とのつながりも深く、生後間もなくの時期から3歳までを横浜で過ごされ、また後年は秋山氏の主要撮影地の一つとなり、今回収蔵の『風描雨刻(ふうびょううこく)』と題された抽象作品のうち、本校に近い青葉台で撮影されたものも含まれています。また、45歳から取り組んだライフワーク「花」のなかでも中心的テーマとなった「薔薇」作品の多くは、生田緑地内のバラ園(旧・向ヶ丘遊園地内)が撮影地でした。晩年は横浜(港北区日吉)に居を構え、82歳で急逝されるまで精力的な活躍を続けられました。
この度の寄贈作品の核は、代表作「365シリーズ」と呼ばれる6部作のうちのひとつ『花−365日 いちごいちえ』です。文字通り365点の写真によるこの作品群は、主題となる花を中心に、東欧の古城、横浜港の水面を写した抽象作品、風景、動物などバラエティゆたかに構成された秀作で、同名の写真集は日本図書館協議会選定図書ともなっています。
出版界での秋山氏の中心的活動は人物写真でした。なかでも女優のポートレートでは週刊誌の表紙写真連載を27年間、4500回あまり撮影したものもあります。秋山氏は「女性専科」「賛婦人科」の異名をとり、数多くの「美女」を最も美しい顔貌でとらえることで、写真家として地位を不動ものとしました。さらに、男優や小説家、芸術家などの肖像の雑誌連載にも活動の場を広げ、特に黒バックの中から被写体である人物の顔があざやかに浮かびあがる独自のポートレートは、秋山氏の得意とする分野でありました。女優、芸術家の肖像についても、横浜にゆかりのある方々を中心に寄贈いただいております。
桐蔭学園では、皆様に少しでも早く作品をご紹介いたしたく、平成21年4月から順次公開いたしております。
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