1 公害をめぐる問題

 

(1)公害の概念

 公害とは、狭義では、公害に対する基本法であった公害対策基本法(昭和42年8月3日法第132号、平成5年11月19日法第91号の環境基本法の制定により廃止)1967年法第によって、「事業活動その他の活動に伴って生ずる相当範囲に渡る大気の汚染、水質の汚濁・・(中略)・・土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下・・(中略)・・および悪臭によって、人の健康または生活環境に係る被害が生ずることをいう(同法第2条1項)」と定義される。 広義では、食品公害、薬品公害、さらに広くは、建築物による日照障害や受信障害等をも含み、主として企業活動にともなって周囲の人々の健康や生活環境が損なわれることをいう。  

(2)過失責任の制限

 社会における活動の自由を過失責任の原則により保障する必要性は、個人であっても企業あっても変わりはない。 それどころか、現代においては、個人が企業の構成員として組み込まれることにより、活動の自由の中心が、むしろ企業に移ってきていると言っても過言ではない。 しかし、企業はまた、その活動のために個人のレベルとは比較にならない量の危険物を取り扱い、そこから利益をあげている存在でもある。 この点から、危険物を取り扱う者は通常より重い注意義務があり、責任を課されるという考え方(危険物責任)、企業の社会性を強調しつつ、企業活動から得た利益が存する限りは、その活動により損害が生じた損害を賠償すべきであるとする考え方(報償責任)が出て、より広い責任を認めるべきと考えられるようになってきた。 後述する各種の立法に生かされている。

(3)差止訴訟 

 民法709条以下の不法行為の規定においては、723条の名誉棄損の場合のみに原状回復請求権を規定するのみで、他の場合には金銭賠償請求権のみが規定されているに過ぎない。 このため、不法行為の効果としては、金銭賠償請求権が認められるのみで、差止請求権は、所有権・占有権等、物権に基く妨害排除・予防請求権(物上請求権)としてのみ認められることになる(民法197ー202条)。

 しかし、不法行為が現に行われているとき、その差止ができないのは正義に反する。 特に、各種公害は、継続的・反復的になされるのが通常であり、憲法で見た人格権の形成・発展とともに、これに基づく差止請求訴訟が増加している。 しかし、その理論的裏付けはまだ完全になされたわけではなく、形成途上にある。

 考え方を紹介すると、 @物権が、財産的利益のみでなく物に伴う人格的利益も保護するものとして、物上請求権のあるものに差止請求権を認める物上請求権説、 A財産的利益に関するときは、物上請求権が認められるだけだが、人格的利益に基く場合は、人格権侵害として直接差止請求ができるとする人格権説、 B明文の規定には反するが、不法行為から直接に差止請求権を認めようとする不法行為説、 C権利侵害が継続的なものである場合は、権利の如何を問わず差止請求権を認める継続的権利侵害説、 D環境権という権利を認め、これに基いて差止請求を認める環境権説、 E差止請求権を、訴訟法上の制度として考え、実体法上の根拠が無くとも、権利保護の必要性から差止請求ができるとする訴訟法説等がある。

当初は、隣地のビル建設等にともなう、通風権・日照権・眺望権等の問題を契機に発展してきたものであるが、工場の廃液・ばい煙・騒音、空港の夜間離着陸差止、空港建設の差止等、様々な公害訴訟において主張されるようになってきている。

(4)訴訟法上の問題点

 不法行為に基いて損害賠償を請求する場合、その要件は被害者側で証明しなければならない。 しかし、個人が企業を相手にして十分な訴訟活動をするのは、非常に困難である。裁判上の問題点は、公害訴訟等の現代型訴訟において、まさに強く現れてくる。

 まず、証拠となりうる資料の大半が企業側にあり、構造的な情報の不平等を生み出している。 このような証拠の偏在、実体法上の文書開示義務の未整備を受けて、判例・学説は、文書提出命令(民事訴訟法312条以下)・証明妨害(民事訴訟法317条)を広く解釈することによって、実質的な平等を実現しようとしている。(東京高決昭和51・6・30判例時報829号53頁等)

 さらに、過失・因果関係等の不法行為の要件の証明に関して、当事者の証明責任の軽減を図ろうとしている。 例えば、因果関係に関して、「被害者に対し自然科学的な解明までを求めることは、不法行為制度の根幹をなしている衡平の見地からして相当ではなく・・・汚染源の追求がいわば企業の門前にまで到達した場合・・・むしろ企業側において・・・証明しないかぎり、その存在を事実上推認され(新潟地判昭和46・9・29判例時報642号96頁)」るとし、証明責任を転換した。 より具体的には、前述した製造物責任につながる考え方として、欠陥が存在する場合に過失を事実上推定し、製造者が高度の注意義務を尽くしたことを立証しない限り責任を免れないとし、被害者を救済する判決がいくつか出されている(福岡高判昭和52・10・5 判例時報866号21頁、福岡地判昭和53・11・14判例時報910号33頁等)。

 複合汚染に関する事件で、共同不法行為を規定する民法719条の適用に関し、「各不法行為が不法行為の成立要件を満たす必要があり、各行為と結果との因果関係は必ずしも必要なく、他の行為と合して結果を発生させればよい(「四日市公害喘息事件」津地裁四日市支部判決昭和47・7・24・判例時報672号30頁)」とし、「共同行為者各自の行為が客観的に共同して流水を汚染し、違法に損害を加えた場合に、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が、右違法な加害行為と相当因果関係にある全損害について、その賠償の責めに任ずべき(最判昭和43・4・23)」としている。

 

2 公害(狭義)の行政法・刑事法上の規制

 

 本来、発生した損害に関し、被害者・加害者間の私法上の利害調整を目的とし、過失責任の原則を採り、損害賠償をその中心となる手段とする不法行為法で、上述した問題すべてを解決することは不可能である。 このため、民法以外の領域で、様々な立法がなされ、また現在でもなされつつある。(省略した刑事法に関し「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(昭和45年)」等参照) これらの制度が、補い合って損害発生の予防と被害者の救済という目的を実現しようとしている点に注意しなければならない。

(1)法律による規制

 狭義の公害に関し、その基本方針を定めていた法律に公害対策基本法(昭和42年)があった。 事業者や国・地方公共団体の公害防止に関する責務を明らかにして、公害対策の総合的推進を図り、国民の健康の保護とし、かつ環境を保全する事を目的としている(同法1条)。 国の基本施策・環境基準の設定(同法9条)、公害の原因となる物質の排出等の規制(同法10条)、グリーン・ベルトなどの公害防止のための公共施設の整備(同法12条)、公害の状況を把握し、公害防止の規制措置を適正にするための監視測定体制の整備、公害防止技術の研究(同法13条以下)、公害紛争処理制度による、公害病患者の救済制度等を定めている。

 また、事業者の責務として、公害の防止と公害防止事業に対する費用の負担を規定している(同法3条・22条1項)。 この法律に基き、またはこれと別個に様々な法律が定められているが、大気汚染防止法25条・25条の2、水質汚濁防止法19条・20条等、無過失責任・共同不法行為の特則等が定められている。

(2)行政による紛争処理と救済

 公害対策基本法21条に基いて、公害紛争処理法(昭和45年)は、既存の裁判制度が手続や救済の要件において必ずしも公害紛争の解決に有効ではないため、多発する公害紛争を簡易迅速に解決しようとして制定された。

 内閣総理大臣の所轄下に中央公害審査委員会を設置し(同法3条)、和解の注解・調停・仲裁を行うことにした。さらに都道府県は、条例で都道府県公害審査会をおくことができ(同法13条)、さらに、苦情処理窓口としての公害苦情相談員制度(同法49条)がある。また、同じく公害対策基本法21条に基き、昭和48年に「公害健康被害の保障等に関する法律」が定められている。同法52条以下で、事業者から汚染負荷量賦課金を徴収し、被害者の損害填補に当てている点が注目される。

 

3 環境基本法の制定

 

 公害対策基本法は、日本の産業の高度資本主義化の時代、いわゆる高度成長期におけるひずみである、個別ないし特定複数の企業による大規模な産業活動による環境汚染から生じる被害の予防と救済を目的とした。この点に関しては、相当の成果を上げたということができるであろう。

 しかし、現在問題となる環境汚染は、単に大規模な産業活動から生じるものだけではなく、多くの人の行為が複雑に絡み合い、複合することによって生じる、いわゆる都市型・生活型の公害を生ぜしめるようになった。 例えば、工場と道路を走る車から生じる窒素酸化物や、工場の排水と家庭排水から生じる水質汚染等がそれである。 特定企業が生み出した公害の責任の追及、あるいは、行政的な規制による予防という従来の手法では対応できない形の環境汚染である。

 また、フロンによるオゾン層の破壊、国境を越えた酸性雨、二酸化炭素による温暖化等、地球規模での環境問題も生じ、単なる一国の一産業の問題を越えてきたため、1972年以来の「国連地球環境会議」、いわゆる地球サミットにおいても切実な問題として議論されるようになっている。

 ここにきて、自然や環境自体に目を向け、環境汚染を対象とすることから、環境自体を対象とし、その維持・保全・次世代への継承を目的とすることが必要となり、環境基本法(平成五年一一月一九日法律第九一号)の制定を見た。 民事法の領域からは、外れるのでここでは採り上げないが、公害問題は環境問題の一つの問題として、環境保全というより総合的な観点から捉え直されている。 こういった時代の流れから、従来困難であった環境破壊のおそれからの差止訴訟も、あるいは立法により、あるいは解釈により、より広く認められるようになることが予想される。  

 

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