1998/11/ 米大統領不倫疑惑 報道変えるインターネット

 
 インターネットの威力があらためて認知されてきた。ネット上で公開されたクリントン米大統領の不倫もみ消し疑惑捜査報告書は、当事者の大統領自身を含め世界中の人々が、同時に同じ情報をコンピューター画面で読んだ。政府情報がマスメディアを経由しないで世界中に直接、同時に伝わったのは史上初。一方、ネット上で記者発表資料を提供しようという埼玉県の計画を一部の新聞が「記者会見はやめる」と伝えたため、全国から問い会わせが殺到する騒ぎが起きた。政府・行政から提供された1次情報を市民に伝達する役割も担ってきた新聞やテレビなどマスメディアは、新しいジャーナリズムの役割が問われる時代に入ったようだ。

 スター独立検察官の445ページに上る報告がどのようにインターネットによって瞬時に広がったのか。

 米紙ウォールストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズによると、当日の11日朝でも、報告書がどういう形でメディアに配られるのか具体的に分からなかった。議会のウェブサイトにアクセスが殺到してまひするのではないか、配られた紙からスキャナーで読み込むのか――などの懸念がメディア各社にあった。議会近くの店のコピー機は予約で満杯になっていた。

 だが、実際はスムーズだった。独立検察官が議会に届けた36の段ボール箱を開けると、中に3・5インチのフロッピーディスクが1枚入っていた。議会職員が内容をインターネットのプログラム言語に転換し、多数のCD―ROMに複写した。メディアや大手インターネット接続会社はこのCD―ROMを受け取り、自社サイトに内容を掲載した。議会事務局から電子メールで受け取った会社もある。

 この日の商用ネットワークAOLへの接続は延べ1010万時間と新記録。CNNテレビのサイトには170万件のアクセスがあった。調査会社「レレバント・ノレッジ」によると、報告書を載せたサイトのうち政府3、マスメディア15、ネットワーク10へのアクセスは、11、12の両日で計2470万件だった。公開直後、テレビの記者はパソコン画面を見ながら内容を伝えた。同じ情報を同じ時、視聴者は自宅のパソコンで読んでいた。

 これが何を意味するのか。言論の自由を推進するメディア組織「フリーダム・フォーラム」のジョン・キャッツさんは、同フォーラムのサイト上の論文で解説する。「この種の情報は長い間、大メディアだけが受け取り、われわれがどの程度知ればいいか決めていた。トップ・ダウンはもう終わった。われわれがみな記者だ。少なくともコンピューターがあれば

 コロンビア大学ジャーナリズム大学院ニューメディアセンターのジョシュ・シュレーター部長も「インターネットはジャーナリズムを一変させた。即時に世界に情報が伝わる。だれでも情報を発信できる。これは情報の民主化だ」と重要性を強調する。そして「技術がメディアに変化の圧力をかける。受け手、特に若い世代はニュースソースから直接、情報をとろうとする。マスメディアというフィルターを必要としない。ジャーナリストはこの現実に対応すべきだ。新しい使命は情報を分析し、総合し、いかに付加価値をつけるかだ。インターネット時代とはジャーナリズムの危機であり、同時に生まれ変わる機会なのだ」。 

 

 埼玉県は10月から、記者発表資料を記者クラブへの発表と同時にインターネットに掲載する。我が国のほとんどの公官庁は、すでにインターネット上にホームページをもって情報を発信しているが、“記者クラブへの発表と同時”というのは全国初。だが、これが思わぬ波紋を広げだ。

 事の発端は、最初に県報道担当から記者クラブへ説明があった今月7日。県側は、県庁内の企業内情報通信網(LAN)が稼働して情報を電子化できるようになったため「記者発表資料をインターネットに載せたい」と記者クラブ加盟15社に提案した。県側は、会見を伴わない配布資料はインターネットに掲載直後に同じものを印字して各社に提供し、会見などを伴うものは会見終了後にネット掲載する考えだった。

 しかし、一部の新聞が「記者発表をやめ、ネット発信」と報道したため、同県の報道担当に他の自治体や地方紙、テレビ、情報産業企業などから問い合わせが殺到した。「本当に記者発表をやめるんですか」(北九州市)「記者クラブが反対したらどうなるんですか」(千葉県)「内容をもっと詳しく教えてほしい」(愛知県)――。

 記者クラブ側からも「情報公開の流れの中、基本的に賛成。しかし将来、情報量が減ったり内容が簡略化されないか」「発表資料とインターネットに載るものは違うのに、インターネットで『記者発表資料』のタイトルにするのはどうか」「県民向けにどんどん情報を流せばいい」など、さまざまな見解が示された。

 結局、(1)発表資料は記者クラブに提供すると同時にインターネット掲載する(2)インターネットでは個人情報やプライバシー部分の削除などをするため、記者発表資料とは別との断り書きを入れる――方向で検討されている。同県は「ペーパーレス社会を見据え、気持ちが先走った。これほど論議が大きくなるとは思わなかった」と戸惑い気味だ。 【清水 隆明】

 

●高木教典・関西大学大学院総合情報学研究科長(情報メディア論)の話

 クリントン大統領をめぐる捜査報告書のインターネット上の公表は公人の資質にかかわる「一過性の情報提供」、埼玉県は「恒常的な広報提供」。ケースは異なるが政府、行政情報をさまざまなメディアを通じ広範囲に、詳細に伝える点では同じだ。ケーブルテレビを通じた自治体広報も既に日本で行われている。自主放送しているケーブルテレビ加入者は全国の世帯の11%、インターネットを使っている人は約1000万人という日本の現状から見ると、伝達対象者が少なすぎないか、という疑問もあるだろうが、情報社会では市民にとって多様な手段で重要な情報にアクセスできることが必要だ。

 新聞や基幹放送がこのことを自らの権益を侵すものと捉えるなら、それは既存メディアの自殺行為になる。記者クラブを通じ独占的に入手した資料を速報する機能は減退するが、発表の意義や背景の解説・論評、「知る権利」を保障する広報活動の監視といったジャーナリズム機能はかえって重要になる。既存メディアが衰退するという考えも実はメディアの姿勢いかにかかっている。メディアの多様化、情報の細分化に伴い、自分の関心分野しか知らない人が増えた時、伝統メディアが社会の全体像、地球社会全体についての認識を広め、社会の統合発展のために果たすジャーナリズムとしての役割はますます高まると思う。

毎日新聞ニュース速報 

 

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