-第1章- インターネットは「無法地帯」か?(2)

    インターネットは規制になじむか

 インターネットをどう定義するかによって変わってくるが、通常、インターネットは一九六九年に始まったアメリカ国防総省高等研究計画局の接続実験(ARPAnet)に始まるといわれる。

「History of ARPANET」
<http://www.dei.isep.ipp.pt/docs/arpa.html>

 その後、七〇年代、軍関係を中心に活用されたこのネットワークは、八〇年代になると、ARPAnet・USEnet (研究機関のUnix network)の相互接続等、教育・研究機関のネットワークとしてさらに活用されるようになる。同じ頃、日本においても、NINET(一九八一年)、JUNET(一九八四年)といった研究機関のネットワークが成立し、その後、日米のネットワークが研究機関同士のネットワークとして相互に接続された。「インターネット」という言葉は、大学等、研究機関のネットの間(インター)で、本来このネットワークは研究機関のネットワークであった。各研究機関の接続とその維持は、いわばボランティアであり、インターネット自身を管理監督する組織は存在しなかった。商用のネットワークとしては、ニフティサーブ(現「@ニフティ」)やビックローブ、コンピュサーブといった、パソコン通信が遅れて普及する。

 パソコン通信のプロバイダ(オンラインサービスプロバイダ OSP)は、八〇年代中期以降、インターネットと別個のものとして、当初はむしろ前者の学術利用、後者の商用利用という目的の違いから、相容れないものとして発展してきた。 インターネット上でパソコン通信を位置付ければ、インターネットでつながれた個々のローカルネット、例えば、大学内ネットワークが、これと同じレベルにある。かたや会員(パソコン通信)かたや教職員・学生(ローカルネット)という、閉鎖的な組織の中で、その構成員の間での通信がなされる形を取る。インターネットとは、それら、ローカルなネットワーク全体をつないだものである。

 その後、アメリカにおいて一九九一年、インターネット協会が設立され、日本において翌年IIJが設立され、インターネットが商用サービスにも解放されることとなった。これにより、インターネットとパソコン通信は、目的の違いから来る境界がなくなり、相互に乗り入れることになる。あるいは、規模を無視すれば、パソコン通信自体が一つのローカルネットワークであり、パソコン通信も、インターネットに組み込まれたと言い換えることが出来る。

 さらに「べっこうあめ」のような「プロバイダ」と呼ばれるインターネット接続業者が出てきた。この「プロバイダ」のおかげで、大学等の研究機関に所属していなくても、あるいはパソコン通信の会員でなくても、個人がインターネットを利用できるようになった。このような背景があるため、古くからの「インターネット村」の住人である研究機関に属する人、あるいはかつて属した人は、どうしても規制に否定的になる。しかし、現在のようなeコマース、eビジネスといった電子商取引の発展は、インターネットを仲良し村のコミュニケーションから一般の人を巻き込んだ社会のインフラへと変質させてしまった。その意味では何らかの規制が必要になってくるのだが、では何をどう規制するのか。ここでは、ポルノ等の有害情報の規制を例に考えてみよう。

− ポルノや暴力等、青少年に有害な情報をどう規制するか

   規制の仕方は違っていても、洋の東西を問わず、教育的な配慮から青少年を有害情報から守る必要性があることでは一致している。一番簡単な規制は、有害情報そのものを否定する方法である。日本や東南アジアの国々の多くは、程度の差こそあれポルノ自体を犯罪の対象としている。このような国々では、ウェブサイトにポルノを載せることをそのまま犯罪として取り締まることができる。もっとも、コンピュータ上の01信号の情報をわいせつ「図画」といえるのか等の、多くの問題は残っている。

<http://www.kansai-u.ac.jp/Fc_law/teacher/f-teacher.html>←リンク切れです。

 当時、実際にあった事件としては、香港東部地区裁判所で一九九八年一月、幼児ポルノ写真などをインターネットで公開していた日本人の男性コンピュータ技術者が、わいせつ物取締条例違反で禁固1年9月の実刑判決を受けたことがある。

 意外かもしれないが、日本もドイツの検察からクレームを受けたことがある。前に述べたように、ドイツは通常のポルノを解禁しているが、幼児ポルノは禁止している。大人が自らの意思でポルノに出るのは自由だが、判断能力が完全でない子供を対象にしてはいけないという考え方である。

 日本の場合は、かつては陰毛が見えるか見えないかといった妙な基準でわいせつ性が判断され、また、子供にはわいせつ性がないということで、取り締まられていなかったのである。このため、当時日本は「世界の幼児ポルノ天国」というありがたくない評価を受けてしまった。(現在では、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童への保護等に関する法律」で規制されている。

 しかし、この方法は国境という限界がある。国によって規制が違い、取り締りのない国のサーバに画像が置いてあれば、世界中どこからでも見ることができてしまう。

 別名「先進国クラブ」のあだ名のあるOECD(経済協力開発機構)でもこの問題が取り上げられ、国際的な規制のありかたを検討しているが、世界的なコンセンサスができるまでにはまだ時間がかかるだろう。
 有力な方法として、フィルタリングによるソフトウェアを使った有害情報の排除方法がある。例えば、ネットスケープやインターネットエクスプローラといったウェブブラウザ(ウェブサイト閲覧ソフト)に組み込んで、特定の用語が出るとそのページを開かないようにしてしまえば、有害情報を排除することができる。いくつかのソフトウェアが売られている。将来的には非常に有効な方法と思われるが、現状では、有害でないページまで開けなくしてしまうため実用的とはいえない。(例えば、ここに書いた文も、「ポルノ」という言葉ではじかれてしまうし、露骨な性描写という意味では、クリントン大統領の裁判でのスター検察官の調書もはじかれてしまうだろう。)

 これを避けるため、レーティングという手法も提唱されている。第三者機関によるウェブサイトのランク付けである。ケーブルテレビなどで実際に使われているが、ウェブサイトを性描写・暴力描写等でランク付けをして、一定ランク以上(以下?)のものは表示しないようソフトウェアで設定するものである。膨大な量のウェブサイトを、だれがどのようにレーティングするかという問題が残り、また、ウェブサイトの書き直し、あるいはサーバを変えて置きなおすことが簡単で、いたちごっこになる可能性もある。ちなみに日本では、経済産業省の外郭団体の電子ネットワーク協議会(財団法人インターネット協会)がフィルタリングとレーティングの作業を進めている。

 将来的には、フィルタリングとレーティングによる親の選択による青少年の保護が主流になり、法規制としては、表現の自由を最大限に考慮した最低限の規制になることが望ましいと考えている。

「インターネット上の有害情報に対する規制の有効性」
http://www.slis.keio.ac.jp/~ueda/sotsuron98/nakase98.html