悪すぎることと良すぎること・半歩主義のすすめ
平成19年(西暦2007年)4月
早川吉則
2007年3月8日以来の訪問者
毎日の新聞の社会面を見て感じることは多くの人たちが自分の行った悪 事のためにひどい目に遭っているということである。小さな殺人事件等は 日常茶飯事となり報道さえされない。これらの犯人は捕まれば相当の刑罰を 受けること間違いなしである。もともと刑罰は悪事を防止するためにつくら れているので、悪事を働いた者が罰せられるのは当然のことである。ところで 例は少ないが良いことを行ったためにひどい目にあうこともある。例えば何年 か前に新大久保駅で線路に落ちた人を救助しようとして韓国の留学生と日本の 写真家の2名が落ちた人とともに 死亡しているし、夏になるとおぼれている人を助けようとして水死した人の記事がのる(報道はされないが、助けようとする人の大部分は救助に成功しているものと思われる)。死なないまでも善行が原因でひどい目にあうことは起こりうる。しかし良いことをする人が減ってしまったり、逆に悪いことをする人が増えたりしては困る。そこで社会は善行を賞賛・表彰し、悪行にたいしては刑罰などの社会的制裁を行う。例えば宗教では善行の著しいものは殉教者・聖人などとしてあがめられ、異端者は死刑にしたこともある。また善人は天国で永遠に安らかに暮らせるが悪人は地獄で永遠に苦しむとしている。これほど極端でなくてもノーベル賞等も考え方は同じである。軍隊では勇敢な兵士には勲章を与えて昇進させ、またアーリントン墓地の無名戦士の墓などを作って死者への敬意を表せば将来の兵士やその家族が死ぬことを過剰に心配しないようにすることが出来る(これだけでは不十分なので軍人年金や遺族年金も支給する)。一方敵を恐れて逃げた者は銃殺にする(敵前逃亡罪は最も不名誉なこととされ、大体どこの国でも死刑である。恐れて逃げれば必ず死刑になるが、戦えば生き残る可能性があるという風にしておかなければ、非常に危険な状況になった場合に脱走兵が相次ぎ軍隊は崩壊する)。また怠けすぎる人は貧困になって病死する可能性が高くなり、勤勉すぎる人は過労死する可能性が高くなる。利己的に過ぎると一時的には得するが、その後協力が得られなくなったり、報復を受けて結局損をすることが多い。利他的だといざと いうときに恩返しなどで協力が得やすい一方、利他的に過ぎると身が立たなく なる。悪すぎたり良すぎたりしたために損をすることは君たちも日常経験し、 反省していると思う(人には悪い心と良心があり、バランスを取っている)。 比較的安全な道は良すぎても少し(半歩)だけ、悪くても少し(半歩)だけと いう半歩主義ではないかと思われる。大部分の人が平和で平凡な生活をおくる のはこういう理由によるものと思われる。君たちに平和で平凡な生活をおくる ことをお勧めする。 「神は平凡な人々を愛したもう。ゆえに神は平凡な人々を 多くつくりたもうた。(アブラハム・リンカーン)」
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