研究活動

 本研究室の研究テーマは「薬剤耐性菌制御」です。本研究室では、1)医療機関や動物、健常人における薬剤耐性菌疫学調査、2)感染症迅速検査診断法の開発、3)光を用いた細菌に対する抗菌法の開発の3つの大きなテーマの研究を実施しています。
 医療機関における薬剤耐性菌の顕在化は、感染症が他の多くの疾患と違い、診断と治療が同時に進行することに大きな要因があります。薬剤耐性菌をはじめとする感染症の蔓延防止に対して、現状の把握と感染経路の遮断などの対策、それに加えて新たな検査診断、治療方法の開発を目指した研究を日々行っています。

耐性菌疫学調査

 疫学とは、感染症や疾患に関して集団の流行動態を調査する学問です。この研究室では、薬剤耐性菌の疫学を分子生物学的(遺伝子や蛋白質を用いる方法)に調査、解析する「分子疫学研究」を行っています。神奈川県内の医療機関と連携して菌株を収集し、その分子生物学的特徴を明らかにすることで、現在、薬剤耐性菌がどの程度蔓延しているかなどを把握しています。現状を把握することは、新たな薬剤耐性菌の早期検出や、薬剤耐性菌を拡散させないための方策を立てたり、その効果を判定したりすることに役立ちます。

 これまで、神奈川県内の医療機関から分離される基質拡張型βラクタマーゼ※1産生大腸菌※2の分子疫学などを明らかにしています。特に、臨床検査センター※3に提出された検体から分離された株について調べることで、市中や小さな病院で拡散している菌株の特徴を明らかにすることが出来ています。


※1 経口や注射で多く処方されるセファロスポリン系抗菌薬を分解する酵素です。これを菌が産生すると、抗菌薬が分解され、効果を示せなくなります。

※2 動物の腸管や環境に広く存在し、条件に応じて多くの感染症を引き起こす病原菌です。食中毒などが有名ですが、病院内では尿路感染症や菌血症などの院内感染の原因菌となります。

※3 臨床検査センター(衛生検査所)は、施設内に臨床検査室(血液検査や尿検査を行うところ)を持たない医療機関が患者さんの検体の検査を委託する会社です。日本の医療機関数において大きな病院はごく一部で、大部分は診療所や小規模の病院であり、これらの施設は臨床検査センターに検査を外部委託しています。

感染症早期診断法の開発や検討

 多くの感染症の治療は、感染症が疑われた時点で原因菌などが判明しないまま、診断がなされていなくても開始されます。そのため、原因菌が判明する前はより多くの菌種に効果がある抗菌薬(「スペクトルが広い」と言います)を選択します。そして望ましくは、原因菌が判明したらその菌種にのみ(厳密には違う)に効果がある抗菌薬に変更(「デ-エスカレーション」と言います)します。薬剤耐性菌が顕在化するリスクには、最初の治療に用いられるスペクトルが広い抗菌薬がポイントになります。スペクトルが広い➡多くの菌種に効果があるということは、それらの菌種において薬剤耐性菌が選択※4される可能性があります。そこで、薬剤耐性菌を顕在化させないためには、早期に原因菌を判明させて、抗菌薬の効き具合を調べて、デ-エスカレーションすることが重要です。

 これまで、βラクタマーゼという抗菌薬を分解する酵素を早期に検出する新たな方法を報告しています。特に、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)という化学実験で用いる機器を使用して、現在行われている手法とは異なる理工学的アプローチでの開発を目指しています。


※4 選択とは、あるものだけが選ばれて生き残る自然現象を言います。薬剤耐性菌は急に生まれるわけでなく、多くの菌の集団の中で遺伝子に変異を持った薬剤耐性株が一定の割合で存在します。この菌の集団に抗菌薬などが投与されることで、薬剤耐性菌のみが選ばれて生き残ることで「選択される」という表現をします。

細菌新規抗菌法の開発と基礎研究

 感染症の治療は、そのほとんどが抗菌薬によって行われます。上記のように、感染症の治療に抗菌薬が使われると、薬剤耐性菌は顕在化しやすくなります。そこで、抗菌薬に頼らない感染症治療方法が開発できれば、薬剤耐性菌制御に役立ちます。本大学では生命医工学科が完成する前から、光化学を応用した技術がたくさん研究されてきました(太陽電池の研究は本大学で最も世界誇れる研究の1つとなっています)。そのなかで、光線力学療法(Photodynamic therapy; PDT)は光と反応する化合物を細胞に取り込ませて光を当てることで、癌細胞などを殺す方法です。

 これまで、ニキビの原因菌であるPropionibacterium acnes(アクネ菌)や、とびひや手術部位の感染の原因菌であるStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)に対するPDT効果について報告してきました。細菌細胞が持つ代謝 にも注目し、効率よくかつ効果的に光で細菌の発育を抑制する方法の開発を目指しています。

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